シアトルぐらしのソフトウェアエンジニア

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シアトル キャピトル・ヒル抗議地区(CHOP)に行ってきました

先日、シアトルでのBlack Lives Matterに関連した抗議活動の様子を記事にしましたが、その中で取り上げたキャピトル・ヒル抗議地区(Capitol Hill Organized Protest, 略称CHOP。以前の名前はキャピトル・ヒル自治区 Capitol Hill Autonomous Zone/CHAZ)に出かけてきましたので、その様子をまとめます。

以前の記事はここにリンクを貼っておきます。

seattle-life.hatenablog.com

キャピトル・ヒル抗議地区の様子

今回は地元の友人と一緒に行ってきました。天気が良かったのもあって、そこそこの人手でした。抗議参加者の個人情報には機微な点があるので、人が特定できる形での写真は掲載していません。イメージがわかりやすいように、Google Mapsのリンクも掲載します。

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Broadway と E Pine 通り交差点

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ここは抗議地区から1ブロックほど離れた大通りで、店舗に板が貼られてはいるものの、それを除けば普段とそんなに雰囲気は変わりませんでした。手前には Seattle Central College があり、毎週日曜日にはファーマーズマーケットが開かれていた場所です。線路が見えることからわかるようにここは路面電車が走っていて、普段どおりに運行していました。LGBTQフレンドリーなこの地区の象徴でもある虹色の横断歩道が奥に見えます。

ここから東方面に歩くと抗議地区の入り口になります(出入り口は一つではありませんが、良くニュースに取り上げられる場所です)。

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CHOP抗議地区境界

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見てわかるようにバリケードが設置(もともと設置したのは警察だと思いますが)され、車が進入できないようになっています。この交差点までは普通に車が来ていて、この写真を撮影している交差点で右折していました。特に検問などがあるわけではなく、誰もが自由に出入りできるようになっています。

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Black Lives Matter ストリートペイントの様子

入るとすぐに Black Lives Matter のストリートペイントがあります。描かれてから1週間近く経って、少し色あせてはいるものの、ほぼそのまま残っていました。右側に見えるレストランは抗議地区の中にありますが、営業しています。また、通りには屋台を出して食べ物を提供する屋台の姿もありました。

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通りの屋台

この通りの北側には、付近で最大のカル・アンダーソン公園(Cal Anderson Park)があります。公園に入ると、スローガンが書かれたバナーが飛び込んできました。

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Cal Anderson Park 入り口

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この奥にはたくさんの人が見えますが、みな思い思いに週末を楽しんでいる感じでした。キャッチボールやフリスビーをやっている人、犬の散歩をしている人、座って友人と談笑する人、様々です。このさらに奥には Twitter によく掲載されている農園がありました。なぜ農園かと言うと、農地の保有者には大きな人種間格差があるからです。もちろん白人以外には所有が許されなかったり、財産が奪われたりしたという歴史があります。

時間の経過とともにかなり改良されていて、一部で流通している写真とは全く雰囲気が違いました。隣には温室があったり、場所によってはパイプが張り巡らされていて水が流れるようになっていたりと、工夫が見えました。ただ、この公園を恒久的に農園として使うコンセンサスが住民の間で取れているとは思えず、公園は公園として利用したい人もいますから、この先どうなっていくのかはわかりません。パフォーマンスとしては良いかもしれませんが、本格的な農場というわけではないと思います。

公園を出て南東に歩くと、警察が放棄した East Pricinct (東分署)があります。

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シアトル警察東分署(East Pricinct)

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"Police" の文字は "People" と上書きされ、多数の落書きとアートが展示されています。この横には過去にワシントン州で警察官に殺された人の顔写真一覧もありました。写真には掲載していませんが、小学生ぐらいの子どもから大人まで色んな人が前で立ち止まり、様子を見ていました。

さて、いかがでしょうか?私は特に危険を感じることはありませんでした。シアトル市のダーカン市長が「近所のお祭り」のようだと言っていましたが、確かに屋台が出ていたり音楽の演奏があったりする一面はそう見えるかもしれません。真っすぐ歩けば5分ほどで突っ切れますし、シアトル全体が混乱に陥っているのとは程遠い状態です。

ただし、写真にもあるように落書きは多く、車の通行もできない状態で、普段のキャピトル・ヒルとは違う雰囲気になってしまったことは否めません。この膠着状態のまま、20日土曜日未明に悲劇が起こります。

20日未明の銃撃事件

6月20日土曜日の未明に、この抗議地区内で銃撃事件が発生します。このシアトル・タイムズの記事が前後関係も含めよくまとまっているのですが、概要を説明します。

www.seattletimes.com

午前2時頃に地区内で銃声があり、一人が死亡、一人が重症を負います。911で救急通報を行うものの、到着した消防隊は地区から1ブロック離れたところで警察の到着を待機、中には入りませんでした。少し遅れて警察が到着したものの、6,7人で盾と銃をかまえ隊列を組んで入ろうとして集団に阻止されます(この動画の19分ぐらいのところからです)。

この警察との衝突の一方でボランティアの救護隊が犠牲者を自家用車でシアトルにある救急センターまで搬送します。残念ながら搬送の後に死亡が確認されました。その後、別のけが人が目撃されもう一度911通報があります。場所はバリケードの外でしたが救急車は来ないことが明らかになり、こちらもボランティアの手で救急センターに搬送され治療を受けています。

犯人は逃走し、捕まっていません。この事件は様々な意味で波紋を呼びました。

ひとつは、救急要請があったにもかかわらず救急車が来なかったことです。「警察の居ない場所」を作ったつもりが、「医療アクセスの無い、救急隊の来ない場所」にもなってしまったのです。救急隊員の安全確保は必要ですから、銃撃のあった場所に警察の援護なしに入っていけない救急隊の事情も理解できます。すでに「自治区」という看板を下ろした抗議地区ですが、現代のインフラなしに生活することは大変な困難であり、それまで大事になっていなかった課題が明らかになりました。

もうひとつは、銃撃が発生し犠牲者が出たことです。確かにアメリカでは頻繁に銃撃が発生しますが、それでもキャピトル・ヒルは活気のある人気地区で、特に治安が悪くて避けるような場所ではありません。実際に私もキャピトル・ヒルのアパートに住むことを検討したことがあります。

抗議活動が長引くにつれて様々な人が出入りするようになり、以前と雰囲気が変わってきたと訴える地元商店の声が記事には取り上げられています。抗議活動の趣旨には賛成するものの、安全が脅かされるような事態は避けたいのは当然です。また友人からの又聞きですが、この地域に住む住人の中にも、昼夜問わずたくさんの人がいることによる騒音、落書きやゴミの増加、全体的な雰囲気の悪化に不満を持つ声があるようです。

確かに警察が撤退し、昼夜催涙ガスが飛び交うような暴力的な状況では無くなりました。それが長期持続可能な、新しい社会の形にはなかなか繋がっていない状態です。

政治的リーダーシップ不在の状況

以前も書きましたが、この抗議地区は単一の組織が仕切って発生したものではなく、自然発生的に出来たもののようです。そのため組織として統率があまり取れていなかったり、中心となる人物が変わったりしてコミュニケーションが難しいという声が上の新聞記事に紹介されています。

シアトルの話題ではこの抗議地区の様子ばかりが取り上げられますが、もっと大きな平和的行進は同じようなメディアの注目を集めません。6月13日のサイレントマーチには主催者発表で6万人の人が参加しました。これはメディアも反省しなければならないと個人的に思いますが、やはりセンセーショナルな話が先行してしまうのです。

www.seattletimes.com

Black Lives Matter の運動、警察の改革に関してはこのように賛同する人が多くいる状況ですが、なかなか政治的な動きになってきません。実際にBlack Lives Matterシアトル・キング郡の要求内容には警察や司法制度の改革も含まれています。

シアトル市長やワシントン州知事、それに議会は、抗議活動と警察組織両方に良い顔をするのではなく、実際に行動を伴ったリーダーシップが求められているのではないでしょうか。そして、全米レベルではもちろん連邦議会ホワイトハウスのリーダーシップがあるべきです。抗議活動はシアトルだけの話ではありません。

"Defund the police"と単に言うと、警察が無くなるような状態を想像するかもしれませんが、実際にはそうではありません。実現可能性のあるたくさんの案が提案され、議論されています。もう少し詳しい内容や、現状の問題点の参考になるYouTubeビデオを紹介します。

ひとつはコメディアン John Oliver による警察特集です。HBOの政治風刺番組で、深夜に放送され、時々放送禁止用語や下品なジョークも混ざります(職場では見ないほうが良いかもしれません)が、問題点がよくまとまっていて入門として良いと思います。

youtu.be

もうひとつは法律系YouTuber、 LegalEagle による制度改革の提案紹介です。こちらは淡々と様々な提案内容を説明していく動画ですが、単に警察をなくす、資金を引き上げるという話だけではないことが理解できると思います。

youtu.be

終わりに

キャピトル・ヒル抗議地区の様々な面を取り上げるこの記事を書いたのは、日本語でのニュースがあまりにも実態を反映しておらず、Twitterにもミスリーディングな情報ばかりが掲載される現状が許せなかったからです。この記事には良い面だけではなく、土曜日の銃撃も含め課題も書いたつもりです。シアトル市民として個人の意見を言うならば、「趣旨には賛成するものの、この形態は持続可能ではない。政治の変化も含め恒久的な変化にしていく必要がある」と思います。

市民は声を上げました。政治が行動を起こす時でしょう。